ゲリラ豪雨

guerra.jpg

 

「夕立」から「ゲリラ豪雨」

最近、夕方になるとものすごい雷雨になりますね。以前は「夕立」といっていましたが、「ゲリラ豪雨」という表現がぴったりになってきました。

今回はこの「ゲリラ」から学べるイタリア語です。

 

ゲリラという響きと由来

このゲリラ( guerrilla )という外来語ですが、小さな部隊編成で、正攻法でない攻撃をしかける戦闘や武装集団を指しています。

「ゲリラ豪雨」があるので、ゲリラはよく聞く言葉ですが、音の響きがなんだか英語らしくありませんね。

実は、guerrilla はスペイン語で「小さな戦争」という意味で、スペイン語・イタリア語に共通する guerra という単語からきているのです。

イタリア語では、guerra (グエッラ)とは「戦争」のこと。定冠詞がつくと、la guerra です。

rra の「ラ」は、あのイタリア語特有の「巻き舌」で発音します。

巻き舌の発音練習には、この guerra や、terra (テッラ)「大地」、ramarro (ラマッロ)「トカゲ」、といった単語を発音してみるとよいでしょう。

ちなみに、世界大戦は、la guerra mondiale (ラ グエッラ モンディアーレ)となり、イタリア語のゲリラは guerriglia (グエッリーリア)です。

 

「ゲリラ」から学べるイタリア語はguerra

  • guerra (女性名詞) 「戦争」 la guerra mondiale 「世界大戦」
  • guerriglia (女性名詞) 「ゲリラ」

 

伝説のレジェンド

leggere

「あのプレーはすばらしいよね。」

「もう生きながらにしてレジェンドだね~」

こんな会話をすることがありませんか?

 

伝説的な人物は「レジェンド」

スポーツのスーパースターや、芸術家のトップクラスの人をときどき「レジェンド」と呼んだりします。バスケットボールのマイケル・ジョーダンもそうですし、イチローも生きるレジェンドかも知れません。

このレジェンドは英語で legend、イタリア語では leggenda (レッジェンダ)とつづります。日本語では「伝説」と言います。

 

イタリア語の動詞とつながっていたレジェンド!

語源というのは、ときどきおもしろいつながり方をしているものです。今回のレジェンドがそのよい例で、発見したときは本当にワクワクします。

さきほどイタリア語のレジェンドは leggenda とつづりますと書きましたが、じーっと見ているとイタリア語の動詞、しかもとても基本的な動詞に似ていることに気づきませんか?ちょっと考えてみて下さい。

 

 

これに気づいた方はかなりセンスの言い方ですね!

イタリア語の語源辞典を調べますと、leggenda は、ラテン語由来で、

cose che devono leggere (読まなくてはならない、読むに値するもの)

とあるのです。つまり伝説という言葉の由来は「読むに値するほどの(立派・偉大な)モノ・人」であることがわかり、leggere 「読む」というイタリア語動詞と同じ語源だったのです!

leggere un giornale 「新聞を読む」など、日常の動詞としてよく使われますが、これが leggenda とつながっていたとは驚きですよね。

 

vocabolario

ではレジェンドから学べる「読む」というキーワードに関するイタリア語を整理してみましょう! 「レジェンド」と言ってからイタリア語の leggere と発音すると新鮮に感じませんか?

leggere (verbo)「読む」
―leggere un giornale 「新聞を読む」
―Leggo sempre prima di dormire. 「私は寝る前はいつも読書します。」

leggibile (aggettivo)「読みやすい、読む価値のある」

lettura (nome f.)「読書、朗読」

leggenda (nome f.)「伝説、聖人伝、つくり話」
―le leggende dell’antica Greca 「古代ギリシアの伝説」

leggendario (aggettivo)「伝説の」

 

 

アニメは魂?

アニメはそもそも…

日本語では映画やテレビで上映、放映される漫画のことをアニメといいますが、もちろんこれはアニメーションの略です。

アニメ」という言葉を聴くと、日本人はどうしても子どもたちの人気のキャラクターを想像するので、楽しく、愉快な感じがしますね。ところが「アニメ」というのは、もともととても高尚な(?)コトバなのです。

 

アニメの由来

「アニメ」は古代ギリシア語・ラテン語の animus が由来であり、イタリア語の anima でも同じようにそもそも「魂・生命・息吹」という意味があります。イタリア語には anima と animo という似た単語がありますが、anima の方が「霊魂・魂」に近く、animo の方が「心、精神」に近い意味があります。

動詞では animare となり「生命を吹き込む、活気を与える」となります。

ですから漫画のキャラクターが動画として生き生きと動くこと(= animato )で、アニメーションということになったのでしょう。

 

イタリア語の「アニメ」

イタリア語で「アニメ」は cartoni animati または disegni animati といいます。

また「動物」という英語の animal、イタリア語の animale、つまりアニマルもこの anima という同じ語源から派生した単語なのです。ネイティブアメリカンなどがもっているアニミズム(万物に霊魂があるという考え方)も、anima が元になっています。

この考え方を知ると、日本語になっている「アニメ」も、少し違った印象になりませんか?

 

それでは最後にクイズです。 unanime というのはどういう意味でしょうか? un は「ひとつの」なので、「心をひとつにする」というのがヒントです。答えは↓です。

 

vocabolario

anima (nome f.)「魂、霊魂」

animare (verbo)「生命を与える、活気を与える」
―disegni(cartoni)animati 「漫画、動画、アニメ」

animale (nome m.)「動物」

animo (nome m.)「心、精神、意思、勇気」
―stato d’animo 「精神状態、気分」

animismo (nome m.)「アニミズム」

uanime (aggettivo)「満場一致の」
unanimità (nome f.)「満場一致」

 

モンドセレクション

mondoselection

お菓子や飲み物の世界的な品評会として有名な「モンドセレクション」をご存知ですか?

(よくお菓子のラベルなんかに「モンドセレクション金賞受賞」などと貼ってあります)

この monde selection の monde (モンド)はフランス語で、実際の発音は「モーンドゥ」です。フランスの大手新聞「ル・モンド」もこの Le Monde で、「世界」という意味なのです。

これがイタリア語になると、発音はほとんどそのまま「モンド」、つづりは mondo となります。

ではここでクイズ。

Coppa del Mondo はどういう意味でしょうか?ヒントは、4年に一度開催される一大スポーツイベントです。

 

 

(答) coppa (コッパ)は「カップ」のことですから、答えは「ワールドカップ」です。イタリア語では Coppa del Mondo、または Mondiali といいます。

mondo (男性名詞) 「世界、世間」

 

あとはアドリブで・・・

adlibitum

なんと「アドリブ」はラテン語!

結婚式や、ビジネスの発表、挨拶などで、「あとはアドリブでお願いします。」なんて言うことがありませんか? 「アドリブ」は、原稿を準備するより、うまくいくときがときどきありますよね。

今や完璧に日本語となったアドリブというカタカナ外来語ですが、この言葉は、英語でも、イタリア語でもなく、なんとラテン語なのです。

ラテン語を、日本人が知らずに使っている例はほんのわずかで「アリバイ」と「アドリブ」ぐらいでしょうか。そういえば今年、話題となった漫画と映画「テルマエ・ロマエ」もラテン語ですね。

 

イタリア語もアドリブのまま

この「アドリブ」ですが、イタリア語ではどうでしょうか?

冒頭の楽譜の写真をご覧ください。この写真の中央に、ad lib. (アドリブ)とあります。楽譜というのは、crescendo や allegro など、ほとんどすべてイタリア語で指示が書かれています。つまり、アドリブはそのままイタリア語として使用されているのです。

ad lib.は、ad libitum (アド リービトゥム)というラテン語・イタリア語が正式で、それを略してad lib.となっています。

意味は、日本語で使われるニュアンスと同じく「自由に、思うままに、アドリブで」ということです。楽譜の指示も「ここのところはテンポなど自由に、好きに演奏してください。」という意味なのです。

是非、イタリア語でもアドリブで「アドリブ」を使ってみて下さいね。

 

vocabolario

ad libitum (avverbio) 「自由に、アドリブで」
Puoi mangiare e bere ad libitum.
―「自由に食べて、飲んでいいよ。」

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オーソレミオとソーラーパネル

Veduta del Golfo di Napoli

イタリア民謡はカンツォーネ(canzone)といいます。

このカンツォーネの中でも、今回のテーマの「オーソレミオ」は、日本で一番有名なイタリアの歌かもしれませんね。

もしも‘O sole mio(オーソレミオ)のタイトルを知らなくても、メロディーならきっとご存じでしょう。

こちらをまずはお聴き下さい。歌い手はLuciano Pavarottiです。

私は、中学生のとき、音楽の授業の課題曲で歌った記憶があります。

意味はわからなくても歌詞に苦労した覚えがないのは、イタリア語のカンタンな発音のおかげかもしれませんね。

ただし「オーソレミオ」はナポリ民謡のひとつなので、歌詞のイタリア語は純粋なものでなく、ナポリの方言です。

多くの日本人に親しまれている「オーソレミオ」ですが、’O(オー)は男性名詞の冠詞 il の方言で、mio(ミーオ)は「私の」、そしてsole(ソーレ)の sole は、「太陽」という意味で、私の太陽(=恋する女性)ということなんですね。

日本では太陽電池のことをソーラーパネルといいますが、このソーラーはsolarですからsoleとは、同じ語源(ラテン語 solis )であることがわかります。

 

感染症「マラリア」はイタリア発?

マラリア

あの感染症の「マラリア」とイタリア語が・・・

以前、インフルエンザは正真正銘のイタリア語であるとお伝えしました。

⇒「インフルエンザウイルス」の記事はこちらから

今回のテーマも、直球勝負のイタリア語です。「まさかこれがイタリア語だったのか!」というもの。それはなんと「マラリア」です。

マラリアは熱帯地域で主に流行し、蚊を媒介とする感染症で、マラリアにかかると大変な高熱に襲われるそうです。イタリアとは無関係に思えますが、「マラリア」という言葉の成り立ちを見てみましょう。

 

「悪い空気」

マラリアは、かつて蚊ではなく、沼地の「悪い空気」が媒介する病気と考えられていたようです。このことを知ると、イタリア語との結びつきがわかってきます。

マラリアは、 malaria ( mala + aria )とつづり、mal(o) は「悪い」という形容詞、 aria は「空気」という意味ですから、正真正銘のイタリア語がつながってできていたのですね。

「エアコン」をイタリア語で aria condizionata といいますが、こんなところにも「マラリア」の aria が登場しています。

 

 

ビタミンとバイタリティー

ビタミン、バイタリティーの共通点

アカペラやインフルエンザなどは、正真正銘のイタリア語でわかりやすいのですが、カタカナ外来語の中に「さりげなく」隠れているものもあります。

「健康のためにビタミンをよく摂って下さい。」とか「あの人はバイタリティーがあるなー」なんていうことをよく言いますが、今回のテーマは、そのビタミンとバイタリティーです。

 

ビタミンは vitamin、バイタリティーは vitality と英語では綴るのですが、何か共通点に気付きませんか?

そうです。vita というコトバが隠れており、まさにイタリア語の vita (ヴィータ )なのです。イタリア語の vita とは「人生」であり、「命、生命」という意味があります。ではビタミンがどういうつくりになっているかというと、なんと

vita (生命)+ amin (「アミン」という化合物)

であり、「ヴィータアミン」がつまり「生命のアミン」という命名だったのです。

バイタリティーは「生命力」そのものですね。

イタリア語の vita といえば、何かイタリア語特有のひびきをもっており、日本語とは関係ないように感じますが、意外なところに隠れていたのですね。

最後に練習クイズです。「甘い人生」とはイタリア語でなんというでしょう?

dolce (    )

 

 

 

(答)dolce vita

 

 

「ラグーザお玉」 その2

KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA

シチリアという異文化の中で

ラグーザお玉さんは、明治から昭和初期にかけて、50年間、イタリアのシチリアで暮らしました。よく、この頃に外国へ渡った人の苦労話には「人種差別にあった、異文化に慣れるのに苦労した」といったことが多いのものです。

ところが、ラグーザお玉さんの自叙伝にはそうしたことが書かれていません。もちろん人知れず苦労はあったでしょうが、彼女は、「日本人として特別に扱われるというようなことは一向ございませんでした。・・・(中略)・・・町の人々も、特に日本人だからという変わった待遇を致しませんで、全くその土地の者同様に認めてくれ、尊敬してくれました。」と話されています。

 

異文化に慣れたシチリア

これは彼女の人間性のみならず、歴史的に異文化が交じり合ってきたシチリアの風土によるところもあるのではないか、と感じます。また、彼女は50年間のイタリア滞在中、出会った日本人が「10人ほど」で、日本語すら忘れてしまいました。しかし、肝心の「イタリア語」に関しては、苦労話も含め、ほとんど記述がないのです。それだけ、「再び日本へ帰るまいと決心した」彼女がイタリアでの生活に馴染んだからでしょう。

よく「日本人は英語がなぜできないか?」という議論がされますが、そうした決心や覚悟があるのかどうかも考えてみてもいいかもしれません。

余談ですが、ラグーザお玉さんと夫の名前からとられた高校がシチリアにあります。

 

「ラグーザお玉」 その1

ラグーザお玉さんとは?

「ラグーザお玉」という方をご存じでしょうか? 明治の日本人女性で、画家です。明治初年から東京美術学校の教授をしていたイタリア人、ヴィンチェンツォ・ラグーザに見初められ、明治15年に結婚してイタリアへ渡り、その後、50年間イタリアのシチリア島にあるパレルモで暮らされた方です。国籍も、「イタリア人」になってしまわれた女性画家です。

なぜこの女性を紹介するかというと、この方がイタリア語に堪能であったことはもちろん(50年もいれば当り前ですが…)、さまざまなエピソードがとても面白いのです。なにせ、「人力車が走るか走らない頃」に日本を発ち、52年後に日本に帰って来られたのですから、浦島太郎みたいなものです。このことは恒文社の「ラグーザお玉自叙伝(木村毅編)」に詳しく書かれています。

そのエピソードのひとつをご紹介します。

 

日本語を忘れたものの…

ラグーザお玉さんは、日本人などほとんどいないイタリアの地方で、長い年月、生活をしていたため、52年ぶり(!)に日本へ帰ったときは、「日本語を忘れていた」そうです。しかし、ここからが、感動的です…。

「しかし神戸でいったん、日本の宿屋へ落ちつきますと、私は、子供の時に描きました自分の画稿を沢山見せられて、たちまちに沢山の日本語を取り戻しました。」

匂いやメロディーで何かを思い出したりすることがありますが、人間の感覚って不思議だな、と思います。

ラグーザお玉さんは、イタリアそのものに入り込んだという意味では、もしかすると初めての日本人女性ではないでしょうか?(「ラグーザお玉」 その2 へ続く

 

「いってらっしゃい!」

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日本語では、誰かが出かけるときに、「いってらっしゃい!」と言いますね。

これは、イタリア語だと、どう言うのでしょうか?

翻訳を中心とした英語教育のせいか、私たちは外国語を話すとき、日本語を訳そう、訳そうとして、表現につまってしまうことがよくあります。この「いってらっしゃい」や「よろしくお願いします」もいい例かも知れませんね。

こういう場合、イタリア語の決まった表現さえ知っていれば、安心です。「いってらっしゃい」の表現をわかりやすいイタリア語で解説してくれていますので、どうぞ読んでみてください。

「いってらっしゃい」

si dice in diversi modi a seconda della situazione, quando qualcuno parte si dice:

Buon viaggio!

se parte per le vacanze:

Buone vacanze!

quando un membro della famiglia o un ospite esce di casa la mattina si augura:

Buona giornata!

se esce per andare al lavoro:

Buon lavoro!

ということで、シチュエーションごとに変わってきますが、かゆいところに手が届いたのではないでしょうか。

 

 

 

オカリナとある鳥

oca

オカリナはイタリア語だった!

楽器のカタチは何かの形を模していることがあります。例えば、ヴァイオリンやチェロの形は、女性の身体をあらわしている、と聞いたことがあります。

楽器の「オカリナ」は、模しているわけではないのですが、名前そのものの由来がとても面白いのです。では、今回のテーマ「オカリナ」を探ってみましょう。

これは私も最近になって「そういえばそうか!」と気付いたのですが、 ocarina という単語は、イタリア語なのです!親しみのある言葉ですが、イタリア語だと知っている日本人は少ないでしょう。

 

オカリナのoca

さらに、この ocarina には oca という単語が、 ひそんでいます。 oca の意味は「ガチョウ」なのです。

oca という単語に「小さい、かわいらしい」をあらわす接尾辞 -ino が合わさって、 ocarina となりました。(以前テーマにした「小さなviola」でviolino(ヴァイオリン)になったのと同じです。)

オカリナという楽器の形が、ガチョウの首のようであることから名前がついたようです。 ちなみに「オカリナ」という楽器はコレ↓です。

ocarina

 

 

 

 

なんだかオカリナという楽器の形が新鮮に思えてきますね。 この楽器の由来をさらに探ってみると驚きます。オカリナを発明したのは…。

oca (女性名詞) 「ガチョウ」

 

18.第二次世界大戦と戦後

1945年、ムッソリーニが逮捕、処刑されたのに続き、ドイツの独裁者であったヒトラーも5月に自殺をして、第二次世界大戦は集結していきます。

ムッソリーニ政権の崩壊後、イタリアはレジスタンス活動、パルチザン(ゲリラ)活動などで内戦状態ともなりましたが、1946年に王制が廃止され、1948年には現在のイタリア共和国( La Repubblica Italiana )の憲法が制定されました。

ムッソリーニの対外侵略としては、東ヨーロッパに位置するアルバニアへの侵攻、そしてアフリカの植民としてはエチオピア(~41年まで植民地)、エリトリア、ソマリア(~60年)がありました。イタリアはこの大戦を通して50万人以上(日本は約310万人)の犠牲者を出しました。戦後の1947年、パリ平和条約によって連合国と講和条約を結びました。

17.ムッソリーニと第二次世界大戦

第一次大戦後の世界的な不況の中、台頭したのがムッソリーニでした。ジャーナリストであったベニト・ムッソリーニ( Benito Amilcare Andrea Mussolini, 1883-1945年)は、1919年にのちのファシスト党( Partito Nazionale Fascista )となる党を結成しました。この党は1943年まで続くイタリアの独裁政権となりました。

ムッソリーニは1922年にクーデターとしてローマ進軍を行って政権を握ります。1940年、イタリアは日独伊三国同盟にも調印し、ドイツとともにイギリス、フランスら連合国と開戦しました。

しかし1943年には連合国軍のシチリア上陸を許したのち、ムッソリーニ政権は崩壊してイタリアは無条件降伏します。ムッソリーニは1945年に逮捕されて処刑されました。

16.第一次世界大戦

1914年には、ヨーロッパで第一次世界大戦が始まりました。イタリアは、トリエステ( Trieste )など国境部の問題からオーストリアと対立していたため、イギリスとフランスと秘密協定を結びました。

第一次世界大戦は、イギリスとフランスなどの連合国が勝利したため、イタリアはオーストリアからトリエステ、南チロルなどの領土を獲得しました。

ただしイタリア王国ができてからというものイタリアが主張していた領土(現在のクロアチアなど)は回収できず、「未回収のイタリア」( Italia irredenta )といわれています。

第一次世界大戦で疲弊したイタリアは失業者が増加し、国民の不満は募りました。そんな中、台頭してきたのが、ムッソリーニのファシズムでした。

15.イタリア統一後

1861年に統一したイタリアはイタリア王国としてトリノ( Torino )を首都としましたが、現在の領土ではなくヴェネツィアやローマはあとから領土となりました。

ヴェネツィア( Venezia )は1866年の普墺戦争、ローマ( Roma )は1870年の普仏戦争によって併合しました。ローマが現在のような首都になったのは1871年になってからのことです。

19世紀は、アフリカ・アジアへの植民地化を行うヨーロッパの帝国主義の時代でした。イタリアも1896年にはエチオピアに侵攻しましたが、植民地化には失敗しました。

14.リソルジメント(イタリア統一)Ⅱ

イタリアの統一運動は、北部イタリアはサルデーニャ王国を中心に展開されます。1859~61年にかけては、オーストリアとの激しい戦争に勝利し、ヴェネト地方を除いた北イタリアを統一しました。

一方、南部イタリアは、リソルジメントの英雄である軍人ガリバルディ( Giuseppe Garibardi )が大きく貢献します。1860年、シチリアでの反乱を機に、千人隊を組織してスペインのブルボン家の支配していた両シチリア王国を滅ぼしました。そして、征服地である南イタリアをサルデーニャ王国のヴィットーリオ・エマヌエーレ2世に献上しました。

これによって、1861年、サルデーニャ王国によるイタリア統一(リソルジメント)が達成されました。イタリアの国王には、サルデーニャ国王であったヴィットーリオ・エマヌエーレ2世( Vittorio Emanuele Ⅱ )が即位しました。2011年はこのイタリア建国150周年を迎えました。

ガリバルディは文字通り英雄で、イタリアの各地の通りには彼の名前がつけられ、多くのモニュメントがあります。彼の軍隊は、約1000人の義勇兵を集めたことから千人隊( La Spedizione dei Mille )、または、兵士に赤いシャツを着せたことから「赤シャツ隊」( Camicie rosse )とも呼ばれます。これほどの功績のあった人物ですが、政治家にもならず、受勲も拒んだといわれています。

ガリバルディのイタリア語の授業です!(Studente.itという学生サイトより)

13.リソルジメント(イタリア統一)

1814年のナポレオン体制の崩壊後は、イタリアはまた地方ごとの、元の公国(北西イタリアはサヴォイア家のサルデーニャ王国、北東はオーストリア帝国、シチリアはスペインのブルボン家など)に戻ったものの、ナポレオンの侵略による国家統一は「イタリア」という独立国家への夢をもたらしました。

1820年ごろから各地で暴動が起きるようになり、その初期のグループには秘密結社カルボナリ(  Carbonari )、ジュゼッペ・マッツィーニ( Giuseppe Mazzini )率いる青年イタリア(  La Giovine Italia )があります。イタリア国家統一、つまりイタリア憲法制定のための運動は次第に大きくなりました。

その運動の中で発行された新聞が「リソルジメント(  Il Risorgimento )」で、今ではイタリア統一運動全体を「リソルジメント」と呼びます。

イタリアの統一運動の中心となったのは、サルデーニャ王国(サルデーニャとピエモンテが領土)の首相カヴール(  Camillo Benso, Conte di Cavour )でした。1859年、カヴールはフランスとも手を組み、オーストリア帝国からロンバルディアなど北イタリアを奪います。北部イタリアは、このサルデーニャ王国を中心に統一運動が展開されました。(明日に続きます)

リソルジメントのイタリア語の授業です!(Studente.itという学生サイトより)

12.ナポレオンの登場

ルネッサンス、宗教改革のあとの17、18世紀ともイタリアの状況は、スペイン・オーストリアといった王家の支配下にありました。

18世紀末に登場したフランスの将軍ナポレオン・ボナパルト( Napoleone Bonaparte )は、イタリアにも侵入をしました。その当時北イタリアは教皇やオーストリアへの不満が強く、かえってナポレオンは解放者とされました。

その後、ナポレオンは教皇領であったローマも侵略し、1805年、彼はイタリア王国の皇帝ともなりました。このことは当時バラバラであったイタリアがナポレオンによって統一されてことを意味し、のちのイタリア統一運動へのきっかけとなりました。

ナポレオンのイタリア語の解説です!(Studente.itという学生サイトより)

11.宗教改革

中世以降の大きな動きであるルネッサンスとならんで、もう一つ革新的な運動としてあげられるのが宗教改革( Riforma protestante )です。これはドイツからはじまり、ヨーロッパ全土に広がりました。

権力闘争に明け暮れ世俗化し、堕落しつつあったローマ・カトリック教会への不満から起こった運動です。今一度聖書の教義に立ち戻る「ルネサンス的運動」ともいわれています。

この運動は、当時ローマ教会が売っていた証明証である「贖宥状(しょくゆうじょう)」( indulgenza )をドイツのマルティン・ルターが批判したことがきっかけといわれています。贖宥状とは、罪の償いを軽減する証明書で「免罪符」ともいわれます。

この宗教改革によって、プロテスタントとカトリックが対立し、ヨーロッパ全土で争うことになりました。